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ゼミ準備用 暫定まとめ 仕事と日本人 第2章-1

2008年10月09日

◆〝市場で「労働力が買われた」と経済学では表現しますが、それが使われるのは生産の現場です。その生産の現場で、「労働力」がどのような働きをするのかは、この枠組みでは説明できないのです。もの作りの現場では、あらゆる経済の富の源泉のはずですが、それを分析する枠組みを価格の理論では直接には用意できないのです〟・・・ねぇ。

でも、だったら何のための『マクロ経済学』なんだよ。確かに、母体数が少なければ説明できないことも多いだろうけど、その母体数がかなり大きなものだったらどうなのだろうか、と。全体として平均化されて、そこから分析することは多少なりともできるとは思うんだけど。

◆こっからずっと「働」のターン!!
歴史のなかから流れをつかむっていったって、長すぎるぜ・・・

◆昔から「はたらく」はあっても、「働く」はなかった、と筆者は多くの文献から調べ上げる。
〝「労働」という観念は近代の西欧社会で生まれ、文明開化とともに輸入された観念である〟んだってさ。

はたして、そうなんだろうか?近代どころか、古代からあったんじゃない?
そして、ただ言葉が無かっただけで、日本でも労働はあったんじゃない?

◆明治の始め、外人さんは
〝怠惰で享楽を好むこの国の人々の性癖は、文明への進歩を妨げている~この国では、それが本来の意味を失って、ただ後輩と退廃をもたらしているだけのようだ〟

って言ってたんだってさ。でも、P73では江戸の農民はただ怠けているわけではなく、きちんと働いていたとある。
時間を無駄にしないよう、細かな手順まで書いてある文献まで残っているそうだ。

はて、400年前の江戸、100年前の明治。人々はすでに働いていたにもかかわらず、外国人から見たら怠けているのだそうだ。
その差はなんなのか?

時間の捉え方である。

それまでの日本では自然の時間に合わせてはたらいており、
そのころの外国では機械化などにより、時間を効率よく使うやりかたではたらいていたんだって。

◆さて。ここで問題。筆者は上のように言ってるけど、
日本でも勿論、江戸時代からしっかり労働している人たちも山ほどいただろう。勘定奉行の人たちは、自然の流れに任せて仕事をしていたのだろうか?そりゃあ昼飯とかそーゆーのは時間に正確だったかもしれないけどさ。

つまりは、【労働とは文明開化とともに輸入された観念ではなく、昔からあったけども、その言葉がなかっただけなのではないか?】ということ。

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