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ロシア・グルジア戦争が問いかけるもの 後編

2008年10月27日

前編では〝ロシア・グルジア戦争が起きるまでの歴史〟について書いた。

杉尾さんは、「戦争だけを見るのではなく、それが起きるまでの流れも見て欲しい」とのことだったので。

今回は杉尾さんの取材内容と新たに得た情報について。

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  
 
開戦直前まで北京五輪のロシア選手の取材をしていた杉尾さんだが、ロシアが開戦するなんて空気は感じられなかったとのこと。
一般の人々からもそんな声は聞こえなかったらしい。
(ただ、北京の選手は選手村を訪れた後すぐにそこを離れ、完全警備のホテルに移動させられたという情報も。選手は知らずとも、ロシアは完全に準備済みだったわけだ。)

開戦を受け、北京からロシアへ飛ぶ。

8/12
ロシア側の難民キャンプへ。急なことだったので、キャンプの状況は劣悪。補給物資も行き届いていない。
家族や家を失った人々がお互いの状況を涙ながらに話している。

8/13~
まずはグルジアが攻撃をしたという場所へ。

20人ほどの国際記者専用のロシアバスでカフカス山脈を越え、グルジア国境付近を通る。

ここで装甲車に移動させられる。装甲車内は狭く、空しか見えないようになっていた。
グルジアの状況を見ることが出来ない。色々なものが焼けた匂いだけが車内に漂う。

ロシア側は「国境の向こうが激戦区だから装甲車に乗せる」というが・・・?

ここで外を見たいと交渉した杉尾さんが憲兵に殴られ流血なんて記事は編集長に削除されている

そして南オセチア自治州のツヒンバリで降ろされる。どこを見渡しても軍用車両ばっかり。
なかには完全に潰された戦車もちらほら。(最近の戦車の装甲って、直方体の箱みたいなのが表面に敷き詰められてるんだな~)

ここに住むオセット人の話では「ここで戦車同士の戦いがあった」というが、これは嘘だった。
戦場では噂が噂を呼び、本当のことが分からなくなる。

ロシア側の報道では開戦数日で2000人は死亡したと言っているが、これはどうも信じられない、というのが実感だそうだ。
写真を見てもそうだが、そこまで町が破壊されているわけでもなし。

どうも、先制攻撃をしたというグルジア側はそこまで撃っていないようだった。

途中装甲車が故障するなんてハプニングがありながらも、無事にロシアへ戻る。

8/28
ロシア参謀次長が会見でアメリカの介入を指摘する。証拠はグルジアに落ちていたアメリカ人のパスポートらしいが・・・?

9/5~
今度はロシア軍の攻撃地であるグルジアへ向かう。
スターリンの生誕地で戦争ってのも皮肉なもんだねぇ。
その生誕地にあるスターリンの銅像とか記者とか家・資料館は全くの無傷だったけどさ。

そして市街地へ。

こいつら・・・クラスター爆弾使ってやがる・・・っ!

けど、灰燼に帰しているわけではないようだ。

道路にプーチンの落書きがあって、〝踏んでください〟ってあったのは良いセンスだと思う。

そして、グルジア領なのに、ロシア軍がいっぱい。
カスピ海から黒海への鉄道は破壊されているし、港・石油ラインもロシアの制圧下にあった。
なんかロシアの国旗を堂々と立てちゃってるし。

そんなグルジアを支援すべくアメリカの情報艦船マウントホイットニーが情報収集してたりする。

10/8
ロシア軍が正式に撤退を表明。杉尾さんもロシア・グルジアから帰国。

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  
 
にしても、開戦の少し前からその動きは日本にもあったんだねぇ。

ロシア・中国の情報収集艦が日本領海に潜入していたこと、

もしロシア・グルジア戦が派手になっていたらアメリカはその艦を沈めることになったであろうこと、

そうしたら日本も含め世界大戦に発展したかもしれなかったこと、

ロシアの爆撃機が日本の領空を数回旋回していたこと、

それを日本自衛隊のF-15が二度ほど追尾して追い返していたこと、

今でも毎日スクランブル発進しているということ、

ロシアがモスクワに近いプレセツク基地から潜水艦発射の弾道ミサイルを発射、赤道付近(グアム)の公海に着弾していたこと、

そのミサイルは核弾頭10発を搭載することができ、衛星航法装置による誘導レーダー追跡防止装置を搭載していること、

世界最強の原子力空母ジョージワシントンに、これまた世界最強の潜水艦オハイオ(巡航ミサイル150発搭載とかどこのAce Combatのラーズグリーズだよw)が日本配備されていること・・・etc

あぶなっかしい世界だよなぁ・・・。

前回の世界恐慌は世界大戦の引き金でもあった。
今回の世界恐慌が新たな戦争への引き金にならなければいいが・・・。

様々な質疑応答があったが、
〝プーチンが北京五輪の開会式に出て、大統領であるメドベーチェフがロシアに残ったのはこの戦争を見越してのことだったのではないか?大義名分を得るために後攻に回ったのでは?〟

という質問には「それに答えたら、私はロシアに行けなくなる」と苦笑していた。

杉尾さん、貴重な講演をしてくださってありがとうございました m(_ _)m
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