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仕事の領分

2009年12月06日

例えば、<あること>を書いていないというだけで怒り出す人がいるとする。
<あること>を書くために必要なことはやっている。
残りの作業は、<あること>を書くために必要な労力に比べればささいなこと、
・・・それこそ、2+6=8を計算するくらいに、簡単な作業である。

なのに、驚くほどに怒り出す人がいるとする。

契約書を読んで同意したけれど、判子を押していなかった、これは問題ありだ。
判子を押していなければ、同意したか否か知りようがないからだ。怒り出す人がいてもおかしくないし、むしろ自然だろう。

だが、必要なことはすべてやっており、確たる証拠も揃っている状況下において、
【<あること>を書いていないこと】は、上記例の【判子を押していないこと】と同等の意味を持ち得るだろうか?

最後の詰めが甘い、その通りだ。
だけど、なぜだろう。釈然としない。
ペットボトルのキャップを燃えないゴミに分別したらブチギレされたような、この感じ。
このやり場のないある種の戸惑いは、やったことに対して割に合わない責められかたをされているからではないのか?

ま、自分でやることになっていたのなら、それは自分でやりとげるのが筋ではあるのだが・・。うーむ。
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