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[本] NHKにようこそ!(小説) 再読

2011年11月01日

NHKにようこそ! (角川文庫)(2005/6/25)
No:0001 
Rank: S
著 滝本竜彦
絵 安倍吉俊
社 角川文庫
Ex:マンガ(2004~2007)・アニメ(2006夏期)原作
  表紙は lain や 灰羽連盟、NieA_7などで有名な安倍吉俊
  キャッチフレーズは“青春を後ろ向きに駆け抜けろ!”
※:2008年の感想を2011年ver.に再構築中

・自分の読書の原点と言えば大げさかもしれないが、一気読みしてしまう読書本来の楽しさが詰まっているのは間違いない。
・乙一と同じく、ライトノベルと一般文学との境界線、その曖昧さを感じることになった小説である。
・キモチワルイのにオモシロイ。
・「ダメなやつだなぁ」と大笑いしながら、誰もが持つであろう苦悩も一緒に描かれているため、考えさせられる。
そんなリアルひきこもり経験者が描く“エロスとバイオレンスとドラッグに汚染されたノンストップひきこもりアクション小説”である。

◎目次

一章 戦士の誕生
二章 ジハード
三章 邂逅
四章 造物主への道
五章 二十一世紀のハンバート・ハンバート
六章 追憶、そして計約
七章 回転する岩石
八章 潜入
九章 おしまいの日々
十章 ダイブ
終章 NHKにようこそ!
あとがき





・まえがき 
・第1章 なぜこんなに面白いのか
・第2章 いわゆるギャップ萌え?
・第3章 リアルひきこもりの思考を垣間見る~ヲタには心当たりがあるのでは?
・第4章 ラノベと一般書の境界は、滲み浸食していくインクのようなものである
・あとがき 世間と自分が決めたジャンルの区切りを越えて
・関連記事リンク・参考文献


【まえがき 】
 

【第1章 なぜこんなにも面白いのか ~あらすじ1】
[第1節 何度読んでもおもしろい!]
 ・第1項 なぜNHKでなければならないのか?大企業性→社会P153“願わくば”
 ・第2項 ところどころに出てくる謎知識
 ・第3項 なぜ、そうなる!?
 ・第4項 いつ、どこを開いても、おもしろいことのスゴさ

[第2節 どこまでもダメでクズ、だけど憎みきれない登場人物]
 ・第1項 佐藤“ならばおれは、○○で悟りを得よう”
 ・第2項 山崎“そもそもですねぇ。生身の女ごときに、いくら見下されたって、そんなの別にどうって事ないじゃないですか”P81
 ・第3項 岬 “猫は平気そうだもんね、いつでもどこでも、ひとりでも”
 ・第4項 先輩“どうしてさ?”あとはもう一直線“佐藤君、辛くない?”→4節
 
[第3節 自分に自信が持てないのなら]
 ・第1項 相手を自分よりもダメ人間にしてしまえばいい!P177
 ・第2項 その目に見えない悪者を目に見えるようにするP180
 ・第3項 虚しくて虚しくてやってられないなぁ!P181
 ・第4項 

[第4節 カウンターとして「ブヒる」00年代ヲタク批判]
 ・第1項 都合のいい女性キャラに流れるヲタ心理
 ・第2項 記号の塊、その滑稽さ
 ・第3項 “どうなってしまうんだろう?俺たちは”冷めて醒める瞬間
 ・第4項 フィクションを参考にしてフィクションを書くから・・P142
 ・第5項 どんなにダメな奴でも、青春してたか如何で絶対的な差が存在するP146



【第2章 いわゆるギャップ萌え? ~あらすじ2】
[第1節 時折見せる、やるせなさ]
 ・第1項 “しかし現実は、またしてもまたしても、ロクでもなく陰鬱で、どうしようもない”P153
 ・第2項 頑張って作った革命爆弾であっても、社会全体を揺るがすことは決してできない
 ・第3項 “ねえ!さびしくないの?”P264
 ・第4項 こちらに留める契約書の存在
 ・第5項 “だがしかし!だからこそだ!”

[第2節 前半の勢いがあるからこそ許される]
 ・第1項 急展開だが、実は100Pもある
 ・第2項 目を走らすだけで読めてしまう本だからこそ
 ・第3項 だが、講談に立った・・・P215
 ・第4項 時限爆弾のスイッチ

[第3節 どうしようもない閉塞感]
 ・第1項 自らの痛みにはならない非日常的な痛みの表現としての病死オチとの違い
 ・第2項 明らかなエヴァ旧劇場版との関係
 ・第3項 作者・主人公に感情移入している場合か?という問い
 ・第4項 ぶれいく・するー ~ 作中で先輩が読んでいる完全自殺マニュアルあとがきとの関係

[第4節 最初と最後でのNHK、その響きの違い]
 ・第1項 すべてを「あちら側」に 
 ・第2項 ガス抜き装置としての悪の組織
 ・第3項 現実におけるガス抜き装置としての巨大掲示板と無料コンテンツ
 ・第4項 憎むべき敵であり悪の組織が、ふたりの見えない関係性に形を与える装置になる



【第3章 リアルひきこもりの思考を垣間見る~ヲタには心当たりがあるのでは?】
[第1節 “彼の精神と肉体は、絶えず外部と内部からの圧迫に晒されている”]
 ・第1項 石を投げればひきこもりに当たる?
 ・第2項 ひきこもりとニートの範囲の違い、現代のひきこもりの定義とその人数
 ・第3項 ひきこもりだからこその、フリーターより厳しい圧迫、社会の不透明性
 ・第4項 さて、大学に行っている自分。佐藤君は純粋なひきこもりか?リア爆発

[第2節 自らの怒りの理由なんてものは、分かってる!(P6、開始2ページ)]
 ・第1項 “あなたがダメ人間なのは、すべてあなたにその責任がある”
 ・第2項 当時の社会の不透明性、バブル後の食いつぶされた世代責任転嫁P71
 ・第3項 ダメな自覚あるが故の苦悩、ならばその自覚ごと投げ捨ててしまえ!
 ・第4項 フィクションとノンフィクション

[第3節 親方!空から美少女が!の思考]
 ・第1項 なぜ美少女が自分を選ぶのか 演出・偶然としての上との違い
 ・第2項 創作物だからこそカウンターとしてダメな現実の自分が見えてくる
 ・第3項 狭く薄い環境・関係性しか築けないからこその待ちの姿勢
 ・第4項 濃い関係性を持つには薄い関係性が前提というコミュ障のジレンマ
 ・第5項 美少女が話しかけてくることは永遠にありえないなんてことは分かってる「こんなチャンス、二度と無いのにさ」P78

[第4節 最後くらい、ちょっとしたハッピーエンドが欲しくなるのです]
・みんな地獄に堕ちろ!P313→たとえ地獄に堕ちても頑張ってくれ 
 ・第1項 完全に孤立しているわけではない大切さ(ひきこもり4年に意味を)
 ・第2項 日常において口に出す死と、ラストの非日常で試される死
 ・第3項 絶対的な不幸としての死があるから、耐えられる
 ・第4項 “それでいいのか?どうなのか?”
 ・第5項 “だから大丈夫だよ。佐藤君なら大丈夫だよ”と言ってくれる人がいるか
 ・第6項 “8.そうすれば、たぶん、良い方向に行くと思う”P160
      “れっといっとびー”P224



【第4章 ラノベと一般書の境界は、滲み浸食していくインクのようなものである】
[第1節 表紙絵や挿絵の違いか?]
 ・第1項 NHKやイリヤは表紙のみが二次元絵
 ・第2項 00年代のの表紙や挿絵がなぜ萌え偏重なのか ~売上とアニメ化、過程と結果の転倒
 ・第3項 ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』より、初期出版とナショナリズムの関係
 ・第4項 絵やアニメ化によって文字がもつ想像力の縮小が起こる問題 ~一部宗教での偶像崇拝禁止の理由

[第2節 文体の違いか?]
 ・第1項 キャラの濃さ、一般における個人の薄さが変化しつつある・全人的だからこその衝撃の薄れは日常が続いたからこそのもの
 ・第2項 修飾・描写過多の配分
 ・第3項 セリフ文の配分
 ・第4項 その文化範囲でなくとも説明できる前提世界の構築、社会が存在するか

[第3節 読んだ後に残るものとは?]
 ・第1項 そもそもエンタメとして消費される物語
 ・第2項 もし似た状況になったとき?伝記でも読んでおけ
 ・第3項 出版ランキングへの浸食、出版数の飽和(夏目発売時の少なさ)
 ・第4項 どれが残るかは発売・読書当時は分からない

[第4節 じゃあ、ライトノベルと一般書の境界はどこにある?]
 ・第1項 いわゆるルールから外れた存在・境界を越えて浸食できる
 ・第2項 児童書と学術的古典を繋ぐ役割
 ・第3項 コンテンツの立ち位置だけでは区切れない! ピンからキリまで~そもそも境界が存在しない
   角川出版といえばラノベの有力出版社でもある。なぜ文体の軽い本作をラノベではなく、あえて一般文芸書として売り出したのか?角川の偉い人いわく「この作品には純文学に負けないくらいの思想がある」からだそうだ。
 ・第4項 何もかもを区切りを取り払い、ただ純粋に楽しむということ



【まとめ&あとがき 世間が決めたジャンルの区切りを越えた先へ】
本作を読むまでは本当にライトノベルに対する偏見(蔑視といってもいい)を持っていた。
文章というのは現代文の教科書に載っているような評論・詩・文学が「高尚」なものであって、二次元絵(それもほとんどが萌えで売るために扇情的なかっこうをした目のデカイ女の子)が表紙となっているライトノベルはきっと内容も「低俗」なものなのだろうと思っていた。(それまで読書といえば学校強制15分朝の読書でハリー・ポッターという名のラノベしか読んでいない程度。傲慢なものである)
本屋において一般書が並ぶ棚とラノベが並ぶ棚が出す雰囲気の違いを思い浮かべてほしい。一般書棚からは「この棚の本を全部読んだら頭良くなるんじゃないか」という雰囲気が、ラノベ棚からは「マンガでもなく一般書でもないし、表紙絵がエロい。エロ本コーナーと似ているから頭悪くなる」という雰囲気が漂ってくるのである。
この「第6の直感にして直観」は「世間からの扱われ方」としてはそこまで間違っていない。現代文の教科書に載っている芥川『羅生門』や梶井基次郎『檸檬』、中島敦『山月記』といった作品が「高尚」であるのは変わりない。そしてそれらに比べればラノベのヤマグチノボル『ゼロの使い魔』は「低俗」であるのも変わりない。

だがそれはあくまで「世間からの扱われ方」による区分け。実際に手に取ってみると、作品ごとに楽しみ方が違うだけでそれぞれの良さがあることに気がつくだろう。
(フランス料理にはフランス料理の食べ方があり、マックのハンバーガーにはマックのハンバーガーの食べ方がある。フォアグラを手づかみで食べたり、マックバーガーをナイフとフォークで食べるのは滑稽なものだ。また、毎日フランス料理では飽きがくる。たまにはジャンクフードも食べたくなるものだ)

そして、ごく稀に、「世間からの扱われ方」や、自分が「このジャンルはこう楽しむのが作法だ」と思い込んでいるジャンル境界をやすやすと越えていく作品が出てくる。
そのような作品は本来的に理屈や打算で説明できる類のものではなく、ただただ純粋に読書そのものが楽しいという経験を与えてくれる作品だ(Rank A+~S)。

と、いうようなわけなので、上記においてちょっと理屈っぽく本作の魅力を説明したが、それはあくまで「マックバーガーをナイフとフォークを使って食べる」ようなものだ。
どうあがいても「手づかみで食べた」際のおいしさは伝えられないし、感想ですべて伝えられるようなものならそもそも食べる意味がない。

世間や自分が決めたジャンルの区切りを越えた先に、読書本来の楽しみが待っている。
ラノベ全体に対する偏見を持っているひとには、本作や秋山瑞人の著作を読んでみて、各ジャンルの区切りをやすやすと越えていく面白さを一度体感してもらいたいものだ。

そんな愚痴・説教臭いことを思いつつ、いま私はノートPCをパタンと閉じる

<関連記事>
ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ 【★★    rank C 】

<関連リンク>
NHKにようこそ! ~ Wikipedia
滝本竜彦 ~ Wikipedia
『NHKにようこそ!』関連情報 ~ Boiled Eggs Online
NHKにようこそ! ~ オンライン書店ビーケーワン
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