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不幸論 【★★★★★ rank S 】No.581

2010年08月04日

不幸論 (PHP新書)(2002/10)
著 中島 義道
社 PHP新書 223
Ex 帯文句は「幸福とはしょせん錯覚。」

自虐風自慢に思える点もあるが、
世に蔓延る「幸福でありたい症候群」を
片っ端から粉砕していく、なんとも痛快な一冊。

◎目次
はじめに――どんな人生も不幸である
 幸福に対する反感/極限的不幸/気を紛らすこと

第1章 幸福のための条件
 「幸福」と「しあわせ」/幸福の外的側面と内的側面/特定の欲望がかなえられていること/幸福は対象のうちにはない
 一般的信念にかなっていること/世間から承認されていること/幸福は善ではない/他人を不幸に陥れないこと
 見通せない因果関係の網の目/怠惰だから幸福を感ずる/私はひとを助けることができない/私は幸福になってはならない

第2章 さまざまな幸福論
 不幸であることがもたらす宝/エピクロス派とストア派/ヒルティの幸福論/社会のためになる仕事とこう袋
 アランの幸福論/ラッセルの幸福論/苦痛の不在論/苦痛の不在は錯覚である/幸福になる秘訣はない

第3章 幸福がもたらす害悪
 幸福ゲーム/アランの不思議な発想/幸福であるかのようなふりをする義務/「私は幸福だ」と語る人
 他人を幸福にする義務/マジョリティの暴力/幸福の社会科/特殊日本的幸福論者/フーテンの寅さん
 真実を真実ゆえに知る/おまえのためを思って/幸福教の布教/強い自己中心主義/「私の」死の絶対的重み

第4章 相対的不幸の諸相
 どうしようもない不平等/ひとが集まるところを避ける/有名になってはならない/不当な扱いを受ける利点
 読者からのゴウゴウたる非難/私は何をほんとうに臨んでいるか/ひとは苦しいことをも望む/他人の承認を求める病的な仕方
 幸福であると思われたい症候群/不幸を演ずることによる救済/幸福を追求することをあきらめる
 幸福であることの負い目/永劫回帰/不幸であるための修行/半隠遁後の生活/精神的自傷行為

第5章 「死」という絶対的不幸
 死ぬかぎり幸福はない/エピクロス派とストア派の死への態度/まったくの無としての死/幸福と死/不幸と死

第6章 自分自身の不幸を生きる
 さまざまな不幸のかたち/自分自身を選ぶこと

あとがき



帯文句は以下のようにつづく。
真実はただ1つ―― どんな人生も不幸である。 幸福は求めれば求めるほど、遠ざかるのだ。(新書帯)

巷には「幸福になるための生き方」みたいなことを掲げている本や主張があふれている。
そんな「幸福であることは善いことなので、ひとは幸福であるべきであり、またあろうとすべきである」という世間一般の常識(前提)に一石を投じるのが本書。

「ふっ・・どうせ俺に幸福なんて似合わないぜ・・」という中二な、斜に構えただけの、不幸自慢な構ってちゃんレベルではない。
様々な幸福論を、世間一般としての前提を、片っ端から粉砕していくのである。そげぶ。

                       ヘ(^o^)ヘ いいぜ
                         |∧  
                     /  /
                 (^o^)/ てめえがどうしても
                /(  )   幸福=善だと思っているんなら
       (^o^) 三  / / >
 \     (\\ 三
 (/o^)  < \ 三 
 ( /
 / く  まずはそのふざけた
       幻想をぶち殺す


イマジンブレイカー!


筆者が

自分が死ぬかぎり、いかなるかたちでも幸福はないと思っている(P182)


というスタンスを取っていることを念頭に置いておかないと、理解に苦しむかもしれない。
どんな人にも、死(絶対的不幸)は訪れる。終着点が死という絶対的な不条理である限り、幸福はありえない、と。

しかし、死という大きな不幸があるからこそ、日常の日々の苦痛(相対的不幸)に耐えていくことができるのだ、とも述べる。
ここにある種の「救い」を見いだせるかもしれない、
生きている限り、いつか死ぬという、とりあえず確実に思われる真実を見据えていこうと訴えているのだ。


筆者は「幸福」が基本的には次の四本の柱の上に建っていると考え各論検証していく。

(一)自分の特定の欲望がかなえられていること。
(二)その欲望が自分の一般的信念にかなっていること。
(三)その欲望が世間から承認されていること。
(四)その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れない(傷つけない、苦しめない)こと。(P28)

(一)~(三)はなんとかなるかもしれないが、(四)でハードルが一気に上がる。
「その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れない(傷つけない、苦しめない)こと」は、至極、難しい。

ここで、すべての他人を苦しめないというふうに条件をきつくすれば、ただちにだれも幸福にはなれないことが導かれる(結局、私はそう言いたいのだが)。わらわれが生きているとは、他人を苦しめて生きていることだからであり、だれをも苦しめずに生きることはできないからである。(P43)

幸福教の抜け道「みんなが幸せなら問題ないから幸福になろうぜ!」という 人類皆兄弟ルート を、人類には寿命があるからナシな、と釘を打ち込んでいる。さりげなく、確実に。しかして実は、ゴリ押しで。

日常的なレベルに限定しても、だれも苦しめまいと思えば、われわれは何もできないのであり、いや積極的に何もしなくても、生きているだけでだれかを苦しめるのである。
(中略)といって、自殺しても(ふつう)両親を、妻子を苦しめる。逃げ道はないのである。
 しかも、自分の幸福が他人を苦しめた(傷つけた)とあらためて知った時、その幸福がさかのぼって揺らぐことはだれでも知っている。(中略)自分の幸福の実現が膨大な数の他人を傷つけながらも、その因果関係の網の目がよく見えないために、われわれはさしあたり幸福感に浸っていられるのである。それがすっかり見渡すことができたら、この世に幸福はありえないであろう。(P44)



どこの神様だよ。そこまで頭を回さなくてもいいだろ・・もういい・・休め・・ッ
この考え方と、メシウマ状態を比べるとなかなかおもしろい。
他人の不幸でメシがうまい!!
    +        ____    +
      +   /⌒  ⌒\ +
   キタ━━━//・\ ./・\\━━━━!!!!
    +   /::::::⌒(__人__)⌒:::::\  +
        |  ┬   トェェェイ     | 
     +  \│   `ー'´     /    +
     _|\∧∧∧MMMM∧∧∧/|_
     >                  <
   /  ─ /  /_ ──┐ヽ|  |ヽ  ム ヒ | |
 \/  ─ / / ̄ /   /  | ̄| ̄ 月 ヒ | |
  ノ\ __ノ   _ノ   \   / | ノ \ ノ L_い o o


自らの幸福が他人の不幸によって成ることを分かっているうえで、幸福感に浸っているのがメシウマ状態だからである。
揺らがないッ!むしろ強固なものになってる!さすがです!(関係ないが、メシウマの元ネタは「今日は巨人が負けて飯がうまい」野球板)

 よくよく考えると、誰も幸福ではない。よくよく考えないから、ある人はあるとき幸福であるという錯覚に陥ることができるのだ。
 幸福とは、思考の停止であり、視野の切り捨てであり、感受性の麻痺である。つまり、大いなる錯覚である。世の中には、この錯覚に陥っている人と、陥りたいと願う人と、陥ることができなくてもがいている人と、陥ることを諦めている人がいる。
 ただ、それだけである。(P110)


メシウマ状態は、視野の切り捨てではないにせよ、感受性の麻痺ってことね。
幸福・不幸、それ以前の問題として、考えすぎると、何もできなくなる。
だからどこかで思考を停止し、視野を切り捨て、感受性を麻痺させなければならない。
頭の片隅に、どうしようもないことがあることを知っておくことも大切だ。

さて、幸福と不幸は紙一重の裏表。裏の裏は表、「幸福は錯覚」という錯覚はありえないのだろうか?
この疑問については・・

 つまり、幸福論は、第一に、自分が幸福であると確信している人が書く。そして、第二に、だれでも自分と同じようにすれば幸福になれると説く。
 これは、幸福教の暴力的な布教である。すべてが、まやかしである。
 幸福そのものが虚妄なのではない。幸福は、厳密に考えると、じつはあまりにも高い所に位置する。(中略)幸福が安直に手に入ると思うことが、虚妄なのである。
(中略) こうしたことを悟った者は幸福ではない。しかし、幸福という幻覚に陥っている者より数段マシである。(P84)


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   /: : ://: : :ヽソ::ヽl |{ i||ll"ン    ´   i| l|||l"l `|: /|: : /'!/l     ん う
 ∠: : : ~: : : : : : : :丶ゝ-―-      ,  ー=z_ソ   |/ ハメ;, :: ::|.   だ ん
   i|::ハ: : : : : : : : : : : 、ヘヘヘヘ     、  ヘヘヘヘヘ /: : : : : \,|.   ろ な
   |!l |: : : : : : : : :、: ::\    、-―-,      / : : :丶;,,;,:ミヽ   う  ら
     丶: :ハ、lヽ: :ヽ: : ::\__  `~ "      /: : ト; lヽ)   ゝ
       レ `| `、l`、>=ニ´        ,  _´ : :} `   /
         ,,、r"^~´"''''"t-`r、 _  -、 ´ヽノ \ノ   /    お ・
       ,;'~  _r-- 、__     ~f、_>'、_         |  で  前 ・
      f~  ,;"     ~"t___    ミ、 ^'t         |  は  ん ・
      ,"  ,~         ヾ~'-、__ ミ_ξ丶     |  な  中 ・
     ;'  ,イ ..          ヽ_   ヾ、0ヽ丶    l         /
     ( ;":: |: :: ..          .`,   ヾ 丶 !    \____/
     ;;;; :: 入:: :: ::      l`ー-、   )l   ヾ 丶
     "~、ソ:: :い:: :     \_  ノ ,    ヾ 丶

ゆのさん△
錯覚(虚妄)ではないにせよ、あまりに遠いというのが筆者の答えらしい。
もちろん、不幸なひとが考える幸福論については触れない。
そもそも、自分が不幸だと思っているひとが「幸福論」のことを考えていることもまた、不幸のひとつであり、それこそ現実逃避・虚妄に等しいからである。

幸福は常に膨大な不幸の上に有る。その点で幸福も幸福足り得なくなり、つまりは不幸である。
幸福は錯覚。
相対的な不幸(日常の不幸)ですらこのザマなのだ。
絶対的な不条理である死を肯定できる幸福など、存在しようもない。

死をある意味で肯定する(=超時間への志向)のが宗教だ(来世肯定したうえで現世に影響させようってのが本来のあり方だが)
「輪廻転生するんだ・・」ってのはまだ良い。業を受けるって話だから。
でも、「来世で幸せになるんだ」といった宗教にハマる人は(現世に於いてだけかもしれないが・・)現世?で不幸なのではないか。
本人が「いつか幸せになれる」と思い込んでいるぶんには無害かもしれないが、布教?することが他人をより不幸にすることもあるということ。
例えば、高い仏壇を買うのに、家族を犠牲にするかもしれない。孫を産まれると同時に宗教に入信させることで、本人は幸せかもしれないが、孫を不幸にしているかもしれない。そんな奴を自分は知ってる・・ま、あの新興宗教は「来世じゃなくて現世で利を受けるんです!」なんて言ってきそうだが、現実逃避なのは変わらないし、利を受ける裏で不利を被る人々のことを考えない点で問題があるのだ。

視野が広すぎることで生じる歪み。
知ることで、知ってしまうことで揺らいでしまう世界。
これは『これからの「正義」について話をしよう』のテーマに重なるものがある。
正義≒善≒幸福・・という方程式が(一般的には)成り立つとされているからだろうか。

私とて、ほんのときたま自分がまずまず幸福であると感ずることがある。だが、それは私が私のまわりで不幸にあえいでいるおびただしい数の物を視界から遮断しているからであり、私が引き起こす言動が未来に及ぼす果てしない効果を思考から遮断しているからである。つまり、私が怠惰だからであり、ずるいからである。だから、私は幸福だと感じた瞬間、それから「醒める」努力をする。(P90)


なんともストイックな筆者である。
そのストイックさ、あくまで不幸を選ぶ姿勢には笑いすら込み上げてくるが、本当に笑っていいのか躊躇してしまうところがあるはずだ。

こ・・これがシリアスな笑い・・!



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