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[本] 国家の品格

2012年03月14日


国家の品格 (新潮新書)(2005/11)
No:0084
Rank: ?
著:藤原 正彦
社:新潮新書
属:エッセイ(数学者)・国家論(日本)
読了1:06年
読了2:未
Ex:ベストセラー&ミリオンセラー(06書籍年間トップ)・「品格」は新語・流行語大賞(06)

↓出版社・著者からの内容紹介
日本は世界で唯一の「情緒と形の文明」である。国際化という名のアメリカ化に踊らされてきた日本人は、この誇るべき「国柄」を長らく忘れてきた。「論理」と「合理性」頼みの「改革」では、社会の荒廃を食い止めることはできない。いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、「国家の品格」を取り戻すことである。すべての日本人に誇りと自信を与える画期的日本論。

・今(2012)になってパラパラと目を通して見たら、結構内容がヒドイことに気がついた。要再読&再評価。
・市場原理主義は悪である、と述べているが、じゃあ代わりにどうするつもりなのだろうか。身内に仕事を優先的に回したり、インサイダー取引なり談合なりする経済が「情緒的」であるというのだろうか。
・「最悪なのは情緒力がなくて論理的なひと」なのだそうだ。下手に頭の良いひとは論理の出発点を間違え、その後の論理展開が正しかった場合、結論は必ず間違いになるんだと。そもそも論理の出発点をしっかりと考えることができることが頭の良さと考えることもできよう。ここでは、相対的に決まる「良さ」が筆者のいう移ろいやすく情緒的で曖昧な言葉だから変なことになる。
・で、本書後半には新渡戸「武士道」のごり押し。んー、「情緒力があって論理的でない」結果があのザマだったわけだ。武士道やらに関してもちょっと切り貼りの印象。
・ああなるほど、これは一般にウケやすい本だな、とは思う。なるほど、「外国人も日本を褒めていた」し、「あの頃は良かった」かもしれない。でも、それは自らが求めているところだけを切り取っただけである場合が多い。

・要再読&要再評価。

◎目次
はじめに

第一章 近代的合理精神の限界
 すべての先進国で社会の荒廃が進行している。その原因は、近代のあらゆるイデオロギーの根幹を成す「近代的合理精神」が限界にぶつかったことにある。

第二章 「論理」だけでは世界が破綻する
 「論理を徹底すれば問題が解決できる」という考え方は誤りである。帝国主義でも共産主義でも資本主義でも例外はない。「美しい論理」に内在する四つの欠陥を指摘する。

第三章 自由、平等、民主主義を疑う
 自由と平等の概念は欧米が作り上げた「フィクション」である。民主主義の前提条件、「成熟した国民」は永遠に存在しない。欧米社会の前提を根底から問う。

第四章 「情緒」と「形」の国、日本
 自然への感受性、もののあわれ、懐かしさ、惻隠の情…。論理偏重の欧米型の文明に代わりうる、「情緒」や「形」を重んじた日本型文明の可能性。

第五章 「武士道精神」の復活を
 鎌倉武士の「戦いの掟」だった武士道は、日本人の道徳の中核をなす「武士道精神」へと洗練されてきた。新渡戸稲造の『武士道』をひもときながら、その今日性を論じる。

第六章 なぜ「情緒と形」が大事なのか
 「情緒と形」の文明は、日本に限定すべきものではない。そこには世界に通用する普遍性がある。六つの理由を挙げて説く、「情緒と形」の大切さ。

第七章 国家の品格
 日本が目指すべきは「普通の国」ではない。他のどことも徹底的に違う「異常な国」だ――。「天才を生む国家」の条件、「品格ある国家」の指標とは。








[関連記事・リンク]
国家の品格 ~ Wikipedia
藤原 正彦『国家の品格』 ~ 新潮社
国家の品格 ~ 池田信夫blog(旧館)

[関連本]

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